(2008年度)

[2008-01]
・「老人と宇宙(そら)」 (OLD MAN'S WAR)  ジョン・スコルジー (John SCALZI)/内田昌之[訳](ハヤカワ文庫),ISBN978-4-15-011600-2, 2005)
 アメリカの人気ブロガーが自分のサイトに連載したSF長編が大手出版社から出版されただけに留まらず,ヒューゴー賞候補になり,ジョン・W・キャンベル賞を受賞.ロバート・A・ハインラインの「宇宙の戦士」,ジョー・ホールドマンの「終わりなき戦い」,オースン・スコット・カードの「エンダーのゲーム」に並ぶ正統派戦争SF,とのお褒めの言葉を頂いていますが,「宇宙の戦士」や「終わりなき戦い」は分かるのですが,「エンダーのゲーム」はどうでしょうねぇ.あれは正統派戦争SFだったのか?
 
主役のジョン・ペリーは75歳.妻に先立たれる.共に75歳になったらコロニー防衛軍(CDF)に入隊する予定が,一人で第2の人生へ踏み出すことになる.老人を徴用する軍隊って一体,どんな軍隊だろうという点がポイントの小説ではありますが,あまりこの点を秘密にしておくと,明らかに間違ったタイプの小説と勘違いされるので,ずばりと言います.75歳で軍隊に入隊した老人たちは全く新しい健康な肉体を手に入れます.
 なお,邦題の「老人と宇宙」.宇宙を”そら”と読ませるのはいつからでしたかね.”コロニー落とし”の頃でしょうか? 語呂が良いのですが,まるで「老人と海」のようですね.ヘミングウェイの「老人と海」は"The Old man and the sea"ですので,原題にヘミングウェイと引っ掛ける意図は無かったと思われます.
 面白かったかどうか.面白かったですよ.まるでハインラインが現代に蘇り,A.C.クラーク(先日亡くなりましたね...)と共作したのかと思うくらいに.当初はそう適当に受け流す予定だったのですが,後半から少し雰囲気が好転しました.実は男の方がロマンチストなのだろう.そういう終わらせ方.

[2008-02]
・「そして人類は沈黙する」 (MOTHER OF GOD)  デヴィッド・アンブローズ (David AMBROSE)/鎌田三平[訳](角川文庫),ISBN4-04-277501-2, 1995)
 人類初の”自ら成長する”人工知能,オックスフォードの天才科学者テッサ・ランバートが開発したプロトタイプが何者かの手によりネットワークに流出されてしまう.自ら開発した技術の革新性と危険性を十分に理解しているテッサは,親友以外にはその存在を知らせていなかった.一昔前だと,自ら開発した技術に恍惚として,その負の側面には目を向けない間抜けさが科学者の特性として描かれがちであったのに比べて,丁寧に”科学者”の姿を描いている点が気持ちよい.さらに知的で魅力的な女性であるテッサを悪の手から守るべく回りをウロチョロする男ども.”ちょっと意表を衝く演出”を盛り上げるために,読者は無駄に振り回された感はあるものの,「ターミナル・エクスペリメント」,「致死性ソフトウェア」の系列の作品として,傑作とは言えないものの,科学技術全開だとちょっと...という方には読みやすい佳作です.なお,原題も褒められたものではありませんが,邦題もイマイチですね.

[2008-03]
・「回想のビュイック8(エイト)」 (FROM A BUICK 8)  スティーヴン・キング (Stephen KING)/白石 朗[訳](新潮文庫),ISBN4-10-219338-3, 2002)
 なにがスティーヴン・キングをスティーヴン・キングたらしめているのかは分からないが,「ファイアースターター」でキングと出会って以来,何度か駄作にも付き合わされたものの,いつも何かしら「キングは凄い」と痛感する.本作もストーリーテラーの天賦の才能を発揮している.そう,嫌味もけれんみも無く.
 殉職した地方警察の警官カートと同じ分署で働く仲間達は一つの秘密を共有していた.あまりにも奇妙な秘密過ぎて,なぜ公にしてはいけないのか,公にするとどういう問題が生じるのか,それすら分からないほどのとてつも無い秘密だ.分署の皆がその秘密に惹かれ,秘密を見守ることに奇妙な使命感を感じるという設定の不思議さは,他の作者では取り扱うことがまず無理だと思う.一応,最後にちょっとした事件は起きるが,基本的に分署員たちによる回想で構成されているのだが,その隙間隙間にハッとさせるジャブを仕込んでいる.うまいなぁ.粗筋も書きにくいようなこんな面白い話をどうすれば書けるのだろう.小説家にならなくて良かった.

[2008-04]
・「スカイ・クロラ」 (The Sky Crawlers)  森 博嗣 (Hiroshi MORI) (中央公論新書),ISBN4-12-500781-0, 2002)
 丁度いま,映画が公開されていますね.この作品を押井 守が映画化ですか.小原氏が「アニマゲ丼」中で述べている通りだとするならば,”ああ,やはり”と妙に合点もいく.多分,設定にリアリティを出すために登場人物を追加したりといった押井風の演出を行なうことで,近来稀に見る空中戦(ちょっとこれだけは見てみたかった)以外にも見所を作ってくれたのだろうと思いますが...どたばたナンセンスギャグで煙に巻くこと無しに押井お得意の”ワタシハダレ?アナタハダレ?”を見ることになるのですね.
 さて,本作に戻します.印象は,一枚のスナップ写真を元にして何かお話を作ってみなさい,という課題を与えられて書いた作品.作者にもファンにも申し訳ないですが,続編を読みたいと云う欲望は湧かなかった.

[2008-05]
・「パーフェクト・プラン」 (Perfect Plan)  柳原 慧 (Kei YANAGIHARA) (宝島社文庫),ISBN4-7966-4452-0, 2004)
 第2回「このミステリーがすごい!」大賞受賞作品.「夜の河にすべてを流せ」改題.よくできています.”身代金ゼロ!せしめる金は5億円!”のプロットを中心にして,始まりから終わりまでバーッと読ませます.無駄な伏線が多い割には引っ掛かりが少なく面白く読ませる話に仕上がっている秘訣は,時事ネタのてんこ盛りにあります.話題性のあるキーワードをごっちゃごちゃと混ぜこんでいることで破綻しかかるべき本作が,辛うじてカオスのエッジに乗ったのは,もしかしたら編集者の助けがあったのかも知れません(これを作者の不徳と言うつもりは毛頭ありません).マンガ原作向きですね.誰が主人公だか全く良く分からない本作,特に警察側の紅一点,鈴村馨の外見が全く文章からはイメージできないので,どう描かれるのか興味があります.

[2008-06]
・「チーム・バチスタの栄光」  海堂 尊 (Takeru KAIDOU) (宝島社文庫),ISBN978-4-7966-6161-4, 2006)
 これも映画が公開されましたね.第4回「このミステリーがすごい!」大賞受賞作.医療技術に関して,現役の医師ならではのリアリティが生かされている点がまずポイントが高い.病院内政治に関しては,多分,かなり誇張してチャカしているのであろうと思われるので良いが,現在の国の医療制度を批判するくだりは,言いたくて言いたくてたまらないのを堪えられていない作者の姿が見えてしまってマイナス.
 細かなことをねちねちとマイナス評価しますが,全体としては是非とも続編を読んでみたいと思わせる面白さでした.
 微々たるマイナスでありながらも今後の不安は主人公への感情移入が難しい点にある.田口・白鳥コンビで目を惹くのは,変人役人の白鳥の方だろう.奇天烈な人物と表現されがちだが,実は”仕事のできない”田口とは対極の存在であり,もっと好意的に評価されるか,あるいはもっと変人に描いてあげなくてはならない点で,キャラクタに同情している.ロジカル・モンスターと評されるほどに,論理的テクニックを駆使しない(論理学も統計も理論も定理もほとんど用いない).確かに傍若無人で無神経ではあるが,能力は優れており,本来の仕事をきちんと完遂している.昼行灯の田口とは人間の格が違う.格下の田口の視点でストーリーが語られるため,白鳥の脳内思考は表に出ず,パンチを食らってどおっと倒れた後から「ほら,いまの反応から...」のように後から口から出任せの論理をコジつけているような印象を与えてしまう.続編ではこの点が改善されているとより一層楽しめるだろうなぁ,どうなんだろう.

[2008-07]
・「バッテリー」 あさのあつこ (Atsuko ASANO) (角川文庫),ISBN4-04-372101-3, 1996)
 映画もドラマも公開されましたが...いちおう,流行りものはチェックしないといけません.浅野温子も好きだしね(関係ない).
 ”こ,これが児童文学か!?”というほどの驚きや,出先で読みながら涙が止まりませんでしたというほどではありませんが,なるほど,評判になるだけあって良かったですね.ただ,なんとなく未消化なのかな,と思わせる複線も多く,さらにラストが突然ブツリと話が切れて終わってしまうのは残念です.何らかの制約があったのでしょう.ええと,こういう盛りは過ぎましたので続編は多分,読まないでしょう.面白くないからではないですよ.

[2008-08]
・「神様のパズル」  機本伸司 (Shinji KIMOTO) (ハルキ文庫),ISBN4-7584-3233-3, 2006)
 これまた映画が夏に公開されたばかりですね.「パーフェクト・プラン」がいかにも素人が頑張ったのに対して,「チーム・バチスタの栄光」がプロフェッショナルな専門知識を遺憾なく盛り込んでいる点で明暗を分けたように,この作品も専門性の高い真剣なフィクションを縦軸にしている分だけ外乱に対してロバストです.”ヒトに宇宙は作れるのか”.まぁ,作れなくても良いので机上で”作れることを証明する”.論理的帰結をもって示すのであれば,命題を否定してそれが偽であることを示すというプロット自体も理系には(文系でも?)「ニヤリ」とさせる仕組みです.そう,これができるかどうかが付け焼刃かどうかの違いです.ベタボメから入るとおり,十分に読み応えがあります.中盤,かなりダレますが,それは後半のためにある仕掛けと良心的に解釈できる.ただ,最後がどうかなぁ.天才恐怖症(という言葉は無いでしょうけれど)か,オトメチック幻想か,ああいうつまらない終わらせ方にしてしまったのは残念です.いいじゃないですか,天才はちょっと凡人とはズレたままで.それに,計算は得意でも発想に乏しい天才というのもどうかな.理論物理学はガリベンでトップに立てるほど甘くないというのは,機本氏は,よーく御存知だと思います.私も多少ではありますが,天才的な頭脳と触れる機会(本人はそう思っていないでしょうね)がありましたが,素人のちょっとしたアドバイスなんて全く必要としていませんでした.
 話は少し逸れますが,先日発表されたノーベル賞.化学賞を受賞した下村 脩(おさむ)氏の息子さん,努氏は映画「ザ・ハッカー」(勘弁してくれ.原題は原作と同じく「Takedown」)で有名になったあの下村 努(本人は日本語を喋れないようですので,Tsutomu SHIMOMURA,かな).コンピュータセキュリティの専門家として有名です.天才かどうかは分かりませんが,かのファインマン博士に師事していた時期もあるなど,「ああ,優れた人の元には優れた人,天才の子供は天才なのかな」と思われる人間関係です.ちなみに「Takedown」を読んだ時に,Simomura氏に対して感じたのは「ちと,鼻持ちなら無い奴」でして,本作の主人公も同じ印象をできれば読者に与えられると良かった.作中の登場人物たちは(狂言回しの綿さんを除き)そのように感じていたのですが,機本氏が当初から”ちょっと可哀相な孤独な天才少女”カラーを出し過ぎたため,読んでいる側も「イヤな奴!」と思えなかった.
どうやら映画ではワトソン,いや綿さん,のキャラクタを熱血お馬鹿キャラにして盛り上げてしまったようですね.国産ハードSFオトメチック小説が国産ハードSF学園ラブコメになろうと,興味はありますのでTV放送を楽しみにしています.

[2008-09]
・「いい人になる方法」(HOW TO BE GOOD) ニック・ホーンビイ (Nick HORNBY) (新潮文庫),ISBN4-10-220214-5, 2001)
 「ハイ・フィデリティ」,「アバウト・ア・ボーイ」のニック・ホーンビイ.さらに先日,いくら探しても手に入らなかった「ボクのプレミア・ライフ」(処女作)も発見されましたので楽しみです.先に「ハイ・フィデリティ」の映画を観ており,それから原作を読んでどちらも満足.次に「アバウト・ア・ボーイ」を読んでちょっとガッカリしてけれども映画を観て映画はOK.ちょっと「アバウト・ア・ボーイ」で不安を持っていたところに読んだのが「いい人になる方法」で良かったのかどうか.実は最後の最後までこの本の評価が良いとも悪い(正確に言うと「好きか嫌いか」)がはっきりしなかった.自分自身は平均からすれば良い人であり,頑張っている人であると自負している女性が主人公.社会に対する怒りを活字にして生計を助ける主夫と,二人の子供をもつ母でもある.でも,何もかもうまくいかない.挙句の果てに夫は過去の自分の振る舞いを勝手に清算して超良い人になってしまい,いままで頑張ってきた自分は,理想論的正論を振りかざす夫(と新しい友人のグッドニュース氏)から心のない悪人扱いをされてしまう.くやしい.これが主軸.最後は理想に燃えた夫の”世界中を平和にしよう”という野望の火が鎮火して振り子は元に戻るのだが...
 学生と話をする際に,世の中の人たちの幸せのために,いま私達は何をすべきなのかという方向に話が流れることがあります.一度だけではなく,一人だけでもなく.多分,若い学生達と話をすれば今後も2〜3年に1度の頻度で,そういう機会が訪れるのでしょう.青年海外協力隊に興味を持つ学生も居ます.悪いことではないし,否定はしません.ただ,卒業したてで海外に出向いてどれだけの貢献ができるのか,その点を考えて欲しいと言っています.折角,専門知識を身に付けたのですから,せめて技術を身に付けてから検討すべきではないのかなぁ.話を戻そう.私の社会への貢献方法は基本的に寄付です.海外に毛布を送ったこともあります.骨髄を提供したこともあります.それはともかくとして,「お金だけで満足するのですか?」と純真な目で見られると困ってしまう.なるほど.私はそれなりに知識と技術と経験があります.学校経由でトルコに自動制御技術の講師として短期間,協力しに行かないかという文書を手渡されたこともありますが,Noと即答しました.正当な戦争は侵略ではないといった風潮に世の政治家や政府高官が傾きつつあることに危惧を覚えます.世の中が平和であって欲しいし,食料も水も医薬品も教育も不十分な地域があることは,多分,大半の学生達よりも知っています.でも,私は自分のやりたいことを放り投げて身を捧げるつもりはありません.米軍に誤爆されかけたりしながら中東で井戸を掘っている人たちもいます.良い人たちです.私は寄付をします.私は身を捧げません.悪い人でしょうかね? 少し違うかも知れませんが,本作はこういう話です.スパイスとして”家族とは”という問いも含まれていますが.

[2008-10]
・「戦士志願」(THE WARRIOR'S APPRENTICE) ロイス・マクマスター・ビジョルド (Lois MacMaster BUJOLD) (創元SF文庫),ISBN4-488-69801-8, 1986)
 「名誉のかけら」(書評を書き忘れていますね)よりも先に発刊されたL・M・ビジョルドの処女作.封建的風土の残る惑星バラヤーの貴族(ヴォル)の息子であるマイルズ・ネイスミス・ヴォルコシガン(17才)は生まれながらの身体的ハンディキャップが原因で士官学校への入学の道を阻まれる.ところが偶然と才気(ほとんどペテン師)を生かして紛争地帯で傭兵部隊の長となる...わらしべ長者のような話であると言ってしまえばそれでおしまいだが,そうではない.兵士として身体能力は劣るが指揮官としての能力がズバ抜けた青年であり,この後に続く「遺伝子の使命」,「親愛なるクローン」,「無限の境界」,「ヴォル・ゲーム」,「ミラー・ダンス」,「天空の遺産」,「Memory(原題)」,「Komarr(原題)」のマイルズ・シリーズの序章ということになる.(このリストは2005年12版のあとがきに基づく) なお,「名誉のかけら」はマイルズの母コーデリア(元ベータ星士官)と父ヴォルコシガン(バラヤー軍士官,のちに国守)の国境を越えた恋を描くロマンチック(?)SFであり,「戦士志願」に登場する無気味で謎の多い従者ボサリ軍曹の過去も語られるので,本国での発刊順にしたがって「名誉のかけら」を読まずに「戦士志願」を読むのは無理がある.なお,「名誉のかけら」の続編である「バラヤー内乱」という作品もある.大人気シリーズなわけである.作者のビジョルドは女性.アーシュラ・K・ルグインやジェイムズ・ティプトリー・ジュニアといった他の女性作家と比べると,根明なSF少女といった印象がある.マイルズシリーズとは別に「自由軌道」をかなり昔に読んだことがあるが,しっとりした情感,というよりはポップでフリーなコミック風の新しい世代のSFだった(いまからすると古典だが).アン・マキャフリーよりも男くさい感じもする.まぁ,このあたりは独断です.
 さて,感想は.「名誉のかけら」の方が面白かった^^; 才能はあるが失意の底にある17才男子のスッタモンダに40代(!)前半の頭はシンクロ困難でした...20代の頃に読んでおくべきだったのか? とりあえず気持ちとしては「バラヤー内乱」がロマンチック路線であることを祈ろう.

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